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                         様々な疑問点 おかしなことが多すぎる


                   
                           上図 「花菖蒲文禄曽我」より二代目瀬川富三郎の大岸蔵人妻やどり木と中村万世の腰元若草

 写楽の特徴の一つにその描線の美しさ・強さがあります。橋本治氏の著書「ひらがな日本美術史5」にこういう記述があります。
 「写楽の描線の特徴は、筆の入り方の強さと、返し方の強さである。(略)写楽は、そういう「線の技」あるいは「線の癖」を持つ人なのである。」
 まさにその通りですね。検証してみましょう。下左は写楽作とされている相撲版下絵で、当時の横綱谷風と少年でありながら
人気力士であった大童山です。
そして、谷風の着物の下の部分の襞を拡大したのが、下の中央の図です。
 橋本氏のご指摘の通り、線の「始筆」に特徴があり、その後の筆使いも滑らかで迷いがなく、またカーブの所もスムースで、
筆圧が一定しています。
それは、右の「松本米三郎の化粧坂の少将、実はしのぶ」でも同様です。
 これは、筆をやや上部で握り、腕全体を自由に使って描いていて写楽は、熟練した腕の持ち主だというのが分かります。

 一方扇面画の方はどうでしょうか?
いうまでもなく、始筆の部分がとにかく「弱弱しく」、線が「よれよれ」だというのが、一目で分かります。
 さらにこの扇面画の作者の「描き癖」でしょうか、カーブの描き方が、非常に不自然で、「カックン・カックン」と直線的なのです。
 おそらく,筆の穂先近くを握りしめて、緊張しながら描いたのではないでしょうか?また写楽の特徴である、「始筆の際、線と線が交わるのを嫌う」というのを備えていません。
 
このように「線が違う」という指摘に対しても、扇面画=真作説の方は、「描いたものと彫ったものとは違ってくるから」というかなり苦しい言い訳がありましたが、
それならば写楽の絵の中での形の捉え方はどう表現されているでしょうか?

  

左相撲版下絵「谷風と大童山」と、中 その一部を拡大したもの。 右 松本米三郎の化粧坂の少将、実はしのぶの一部 こうやって切り取ってアップしても、その素晴らしさが分かります。

 
   右 市川鰕蔵の竹村定之進  目の部分は江戸東京博物館のロゴマークのデザインの元になっている。

    写楽の目の特徴


東洲斎写楽の描いた役者絵の中の、「目」の特徴の一つに、その黒目の部分(晴)が、とてもグラフィカルに描かれていて、強い印象を残すというものがあります。
 いろいろなパターンで描かれていますが、共通して言えるのは、「黒目は大小・向きの違いはあれど、どれも右左が同じ形・相似形をしている」という点です。
(余談ですが、写楽は女形の目の白目の部分が、とても少ないです。実際は女性の方が男性より白目の部分が大きいので、写楽の描く女形が男に見える一因になっています)
 一方扇面画の松本米三郎の目を拡大する(右図)と、左は楕円で、右は丸くありません。不揃いです。また松本幸四郎の方も、左右相似形ではありません。
この目は松本幸四郎というより、むしろ市川鰕蔵の竹村定之進の目でしょう。

       次々と出てくる不自然な点
             
他にも細かい点で、不自然な所があります。松本幸四郎の扇面画と初期の大首絵を比較してみます。(便宜上大首絵は左右反転している)
同じ角度での肖像でありながら、顔の左側の輪郭線で、出っ張っている所が違います。特に左の扇面画は、口の横が腫れているかのようです。
さらに鼻のラインが違います。鼻の先端の曲り具合も違います。同じ作者が同じ人物を描いているようには思えません。
 

他に、 ・米三郎の髪に斜めに入った、簪の先端の(「耳掻き」といわれる)スプーン状の部分の描写があいまい。
     ・同じく笄(こうがい)の位置がおかしい。髪に差しているように見えない。(ほんの僅かですが位置が低いのです)
     ・白い丈長(和紙で作った髪飾り)の表現もあいまい。
     ・紫帽子の止め紐がしっかり描かれていない。
     ・帯のすぐ下に赤い襦袢?が見えている。これがまったく納得がいかない。座っている姿勢でもないかぎり不自然。
     ・着物の柄は梅?が描かれているが、まるで萩のようです。
     ・幸四郎の指の描き方が、弱弱しい。特に左手。写楽は、指をしっかりかつ繊細に描く浮世絵師です。
     ・同じく幸四郎の左側の肩衣の襞・三つある中の真ん中の部分が、何故か狭くなっている。
     ・袴の紐の結び方の描き方がおかしい。
     ・大小二刀のうち、大刀の柄は「反り」があるのに小刀には「反り」がない。
     ・扇子の山になっている部分が、上は四つあるのに、下は三つというのは不自然。
     ・二人とも首が浮いていて、目が死んでいる。

 よってこれらの考察したことをまとめますと、
 1.歌舞伎役者を描いた「役者絵」として不自然な点が多い。
 2.なぜかこの扇面画の元絵となった絵が多く存在する。
 3.写楽の絵の特徴を有していない。
 4.作者が誰であれ寛政年間に描かれた絵としてみても、おかしな点が多い。
 5.従ってこの絵を写楽の「真作」と認めるわけにはいかない。  となります。

 もうひとつ付け加えますと、この扇面画を真筆と判断したことにより、「写楽=斉藤十郎兵衛説」が決定的になったという記述がありますが、
これもおかしな理屈で、このことと「写楽=斉藤十郎兵衛説」の是非とは関係ありません。私には、扇面画を真作にしたいばかりに、有力な説の力を借りたレトリックにしか思えません。

 以上は、あくまでも私見であり、至らぬ所、間違い等々反論もあろうかと思います。お気付きの点は、ぜひとも掲示板の方にご意見をお寄せください。
最後までお読みいただきありがとうございました。