画面構成とリズム

写楽の「四代目松本幸四郎の肴屋五郎兵衛」です。大胆なデフォルメを、その特徴として語られることの多い写楽ですが、実はその作品は、緻密な構成も兼ね備えているのではないかと私は考えています。というのは、この絵を子細に眺めると、一つの形を相似形で使うという手法が見れるからです。写楽は、髷、眉毛、煙管を、一つの形の相似形として使うことで、画面にリズムを持たせる効果を演出しています。

        

同様に、市川男女蔵の奴一平ですが、

奴一平の「ざんばら髪」が、描く「弧」と肩口の着物が作る皺の形が相似形ですし、面白いことに「眉毛のカーブ」と「そこに繋がる髪」が、ちょうど一つのカーブの線を描いています。他にも「目の上側の輪郭線」や「髪全体の感じ」も同じカーブといえるような印象があります。形としては「放物線」の形状になります。この点については、後でもう一度触れます。他の作品では「市川鰕蔵の竹村定之進」や「市川門之助の伊達与作」の「眉毛と髷」も同形の反復ではないかと思います。また、「市川鰕蔵の竹村定之進」では、額の皺のカーブと、耳の上の髪の白いラインが、相似形になっています。

                

 もう一つ「嵐龍蔵の金貸石部金吉」の、思案投げ首な「目」ですが、私には同じ絵の中で、服の左腕に描かれた紋所の「分銅」の「形」を模したように見えます。

 後に、葛飾北斎は代表作の「富嶽三十六景」で、一つの構図の中に、富士山とその相似形を置くという手法をよく使いました。また歌川広重も「保永堂版東海道五十三次」の中で同様の手法を使いました。

 彼等によって、この方法が洗練されていったのですが、そもそも浮世絵にはこのような部分と部分とが対応した描き方をしていると指摘した人がいます。それは日本の地球物理学者の祖であり、随筆家としても有名な寺田寅彦氏です。「寺田寅彦随筆集第二巻」小宮豊隆編岩波文庫に「浮世絵の曲線」という小文があります。(大正12年1月「解放」誌に発表)

歌麿以前の名家の絵をよくよく注意して見ると髷や鬢の輪郭の曲線がたいていの場合に眉毛と目の線に並行しあるいは対応している。櫛の輪郭もやはり同じ基調のヴェリエーションを示している。同じ線のリズムの余波は、あるいは衣服の襟に、あるいは器物の外郭線に反映している。たとえば歌麿の美人一代五十三次の「とつか」では、二人の女の髷の頂上の丸んだ線は、二人の襟と二つの団扇に反響して顕著なリズムを形成している。写楽の女の変な目や眉も、これが髷の線の余波として見た時に奇怪な感じは薄らいでただ美しい節奏を感じさせる。

浮世絵が、グラフィックアートの一面を持つということが、こういった点からもよく分かりますね。


             
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