はじめに-発見された肉筆扇面画


 ここ数年の浮世絵についてのニュースの中で、一番のトピックは、ギリシャのコルフ島で、東洲斎写楽の肉筆扇面画が発見されたというものでしょう。
これについてはNHKでドキュメンタリー番組も制作・放映されたので、ご覧になった方も多いと存じます。
国内では、平成21年に江戸東京博物館で展示されました。そこで実物をご覧になった方の感想で、「え、これが写楽?」というのが、少なからずあったと聞いております。
 結論から申しますと、この作品を写楽の「真作」と判断するのには、大いに疑問点があるというのが、本稿の主題です。
 発表当時、写真から判断するに、写楽の第一期の「大首絵」のような「迫力」がなく、二期以降の「華麗さ」もなく、本物とは思えなかったというのが、私の第一印象でした。 その後、浮世絵学会の会員の方が、別の学会で「写楽「二段目図」肉筆扇面画・贋作の可能性」と論じ、また別の方が、「写楽肉筆浮世絵の再検討」として、本作品に言及されました。それゆえこの作品の評価は、そういった方向になっていくものと、私は思っておりました。ですが、次第にそういった声を聞かなくなりました。このままですと、この「扇面画」が、写楽の作品と断定されかねないので、あえて異論を唱える所存です。

    写楽問題は終わっていない

 
そういった中、平成23年に東北大学名誉教授の田中英道氏が、「『写楽』問題は終わっていない」祥伝社新書を出版されて、この問題に一石を投じられました。以下一部引用します。

「一見して、これはとうてい写楽作ではないと感じざるをえませんでした。それは何かというと、これはわれわれ研究者の画を見るときの原則なのですが、ディテール、筆の描き方、筆のさばきです。それが写楽とは別に絵師の手になると思われるものでした。」(p51)
「この見方は同感で、これが写楽の線でないことは誰が見ても明らかです。「様式」というものに、この線の質も入るもので、したがって写楽の版画と様式が同一とは言えません。この場合、構図が似ているとも言えますが、それも上半部だけで、下半部はまとまりがなく、画面全体をつくり上げる構図を切り取ったような印象を与えていて、写楽らしい創意が欠けていると言っていいものです。」(p54)

 私は田中先生の「写楽=北斎説」をとるものではありませんが、先生の「この作品が写楽の手によるものでない」という主張には、大いに賛成しました。まさしく「筆捌き」からして、とても写楽作とは思えないのです。ただそれだけでは、皆様納得されないと思いますので、いろいろと図解を交えて、私なりに考察いたします。

本稿では, 1.歌舞伎上演に際しての不自然な点 2.この作品を制作する上で「元絵」になったもの考察 3.絵の構成上不自然な点と、順を追って分析してまいります。その際、他の方がすでに指摘された点とかぶることを、あらかじめご理解下さい。


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              松本米三郎のけはい坂の少将、実はしのぶ     四代目松本幸四郎の山谷の肴屋五郎兵衛 (いずれも初期の大首絵)


1. 歌舞伎の構成上おかしな点について